アイデアの原点

 子供の頃から好奇心が旺盛で、出かけられる機会があればどこにでもついて行きました。旅行、帰省、買い物、やぼ用…それこそ、金魚のフン状態だったんだと思います。両親は共働きで学校教師。家族は皆、それぞれが動き回っている環境であったので、小さな頃から自由に、いつも自分で考えて行動をしていました。家の中で何かをしているのは、怠けているときだけ。怠けている時間以外は、すべて外遊びの時間です。親が教育者なのに、決して勉強が好きでも得意でもない私は、成績も当然ふつう。勉強には「はまり」ませんでした。でも好奇心だけは強いので、学校の行事や部活、子供会、あらゆるお祭り、ボーイスカウト、行けるものがあればすべて行っていました。そもそも、じっとしていられる性格じゃないんですね(笑)。だからいつも、学校の先生には落ち着きがないと言われていました。

 初めてのひとり旅(厳密に言うと、嫌がる友人を無理やり連れて行った)は、幼稚園のこと。行き先は自宅から10kmも離れた父親の勤める小学校。土曜日、幼稚園が終わった後、父親に会いに行きたくなって会いにいくことを決意しました。山道を歩いて、「宝物」(落ちているカセットテープや石ころ)を見つけながら、夕方くらいまでには到着した記憶があります。当然連絡などしていなかったので、突然幼少児が遠方の勤務先まで歩いてやってきたことに、父や同僚の人たちが驚いていたことを今でも覚えています。

 放浪は、それからも続きます。小学校低学年の頃からは、1人で神戸のいとこのところまで、休みがあればすぐに新幹線に飛び乗って旅をしていました。中学校に入ると、ちょうど私の故郷の町と姉妹都市提携をしたワシントン州のキャマス市に中学生の派遣(ホームステイ)が行われたのですが、なんと多数の応募から抽選に当たり、24名の中学生と引率者で初めてアメリカに行きました。夏なのに涼しく、夜遅くまで明るい。景色は信じられないくらい綺麗だが、夜ご飯は薬の匂いがしたご飯に醤油をかけて食べると言う、文化の違いを見せつけられました。ここで海外の素晴らしさを知り、さらに旅は拡大していきます。

 高校に入ると年上の友人の車で旅行に行ったり、普通列車で仙台に行ったり。ブラジルにもいく機会ができ、また文化の違いを知ることができました。

 その後20台前半は、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアなどは、滞在型のワーキングホリデービザで長期間行き、ばらばらとアジア諸国などもまわりました。


「旅に出る」「遊び尽くす」のは、大人になっても変わらずだったのですが、旅行業会に入るつもりが、なぜか不動産業界へ。不動産業は極めてドメスティックな業界なのですが、いつの間にか関連会社でコンサルタントの仕事につくようになり「出張族」となり、日本全国を旅しながらいろんな人に出会うことが僕の仕事となりました。よく知る人からは「ある意味、天職だね」などとよく言われましたが、旅することと人生がマッチしていると言うか、旅に導かれているような気がします。

 子供の頃には嫌いだった実用性を全く感じられない勉強も、大人になったら必要に迫られます。最初は宅建の勉強をしたのですが、3週間必死になったら合格できたことで「自分もやればできる」と言うことを実感できました。自ら行う勉強が、これほど充実していることに気づかされました。そこからは、AFP、CFP、CPM、1級FP技能士、不動産コンサルティングマスター、CCIMなどを取得する機会を頂き、CPMの認定講師になることもできました。達成感を得ることは、学ぶことも運動も同じです。ちょうど宅建の勉強と同じ頃、ダイエットのために初めてランニング。10km、ハーフマラソン、フルマラソンとチャレンジをして行きました。達成した時の感動はジャンルは違えど、全く同じです。マラソンも飽きてきたその頃、仕事がきっかけて宮古島とのご縁を頂きました。ここでトライアスロン と言う競技があることをしりました。トライアスロンといっても、短いものから長いものまであるのですが、宮古島はロングトライアスロン。3kmのスイム、157kmのバイク、そして最後に42.195kmのフルマラソンと続きます。いきなり初めてゴールができるはずもなく、人に聞いたり調べたりして、どうやったらゴールをすることができるのかを学びました。大会の何ヶ月も前からトレーニングを初めて、ゴールができたその時の達成感は言葉に尽くせないくらいです。今では毎年3大会くらいは出るようにしているのですが、歳をとっても自らをもっと進化させたいと思っています。

 さらに、トレーニングに登山を取り入れるようにしたのですが、登山はまた、仲間や同僚とコミュニケーションを取れることを知り、最近ハマっています。笑

 僕のアイデアの源泉は「遊び」が「本気」になった時に生まれます。特にトレーニングに没頭して運動しているときに、ふっと良いアイデアが湧き起こります。ある意味、「遊び」がなかったら、良い仕事のアイデアも浮かび上がってきません。遊び×本気=アイデア、これが仕事に結びつく、私の原点であり、アイデアの源泉はそこにあります。

 私からアイデア力を奪ったら、何が残るんだろう…と考えてしまいます。エリートのように明晰な頭脳も持っていないし、専門的な知識をたくさん持っているわけではありません。ただ、アイデアを生み出す原動力と、思い立ったら行動を起こせること、そして既存の形に囚われない自由なスタイルは、私の強みなのかもしれません。社名の「アイデアマン」は、日本語英語っぽいのですが、英語にしても「Idea Man」で、実は世界中で使われている言葉です。自ら「Idea」を出し続けるためには、常に自らが走り続けなければいけないと思い、自らを奮い立たせるために「idea-man」と言う社名を付けました。もちろん、トライアスロンの「Iron Man(アイアンマン)」と被せていますし、私の名前のイニシャルとも被せています。笑



 2020年、長年お世話になった会社を退職して独立をすることになりました。実は会社を起こすことは子供の頃からの夢で、「俺は大きくなったら今井物産を作る」と家族に豪語していたくらいです(笑)。とてもよくしてくれる社長と同僚たちが好きすぎて会社を離れられなくなり、長年サラリーマン生活をしていたのですが、2020年2月5日、思い切って小舟を漕ぎ始める決心をしました。漕ぎ始めた途端に、新型コロナウィルスに阻まれ、いきなり嵐がやってきたようなこの頃ですが、たくさんの方々に支えられて、こうして元気にやっています。

 ぼくは、不動産業界にまる20年いますが、これまであるものの中で闘うのではなく、遊びとアイデアから生まれた新しいチャレンジを常にし続け、誰もが羨む業界になるように「革新」を起こしたいと考えています。そして、日本一笑いの絶えないエンターテイメント集団(社員)が一団となり(まだひとりですが 笑)、誰もが羨む企業を創って行きます!

Nothing is Impossible.

2020年6月20日 今井 基次

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